ものが作られる場所

納品予定の家具の確認を行うため、糸島にある家具屋の工場へ見学に行った。事務所から遠く離れ、山を越え、川を越え、見渡す限り田畑が広がり、ポツポツと民家があるような場所に、看板も掲げていない工場があった。

お手製の檻に閉じ込められた番犬に、よそ者の匂いを嗅ぎつけられたのか、ひどく吠えられながら足を進める。中には3人の職人さんたちが黙々と材料にむきあう姿があった。挨拶も早々に、黙々と作業を続ける。流石は人付き合いよりも、ものづきあいが得意な人たち。年季を感じる重厚な機械を操りながら繊細に木材を加工し、足元には大量の木屑が山を作っていた。

さて私も仕事をしなければならない。自分で書いた図面と、出来上がっている家具や加工中の部材の整合性を確かめるべく、出来立てほやほやの、材へメジャーをあてる。実は今回の家具の図面は、今まで自分で書いてきた図面の中でも中々の自信作で、特に寸法の取り方を気をつけて書いた。それをしっかり読み取ってもらい、寸分の狂いもなかった。図面のみを介してしっかりとコミュニケーションが取れたことが嬉しかった。

設計の仕事は他人に何かを伝えることの連続である。図面で職人に伝えること、図面が読めない人にパースや言葉で伝えること、出来上がった建築で不特定多数の人にメッセージを伝えること。図面一つとっても、誰にどんなことを伝えたいのかで書き方は変わってくる。設計能力の本質は、どんな内容を、誰に対して、どんな手段で伝えるのか、という一連の流れにどこまで意識的に向き合えるか、ということのように思える。

一通り確認と打ち合わせを終えた後、工場の中を見学させてもらった。他には中々ないという、3m以上の材をわくことができる大型の切断機やプレス機などを見せてくれた。物珍しそうに機械を眺める様子が伝わってしまったようで、作り慣れていないであろうコーヒーまで振る舞ってくれた。

帰りがけにのどかな風景に目をやりながら車を走らせていると、突然自転車で飛び出してきた中学生と危うくぶつかりそうになった。大丈夫かと声をかけると、日焼けで真っ赤になった顔をニコッとさせ、頑張っていきましょう!と一声。あっけに取られているうちに田んぼ道の方へ姿が消えて行った。危うく轢きかけた相手に励まされるとは思いもよらなかった。

中学生が消えて行った田んぼの方へ目を向けながら、そういえばここは、ものがつくられる場所なのだと気がつく。田んぼでは米が、畑では芋が、山では木々が、工場では家具が、風に乗って家畜の匂いもする。

ものがつくられる場所には、都市とは違った種類の活気がある。西洋人がアウラとか言っていたものを肌で感じた。