雲の神棚

出雲大社に縁のあるご夫妻のための神棚を制作した。住まいは出雲に近いわけではないが、挙式や願い事などの2人の大事な場面は、必ず出雲大社が舞台になる。出会いや縁を大切にしている方々で、彼らを通して出雲大社のご利益が体現されているようでもある。お子さんの名前がそういったことに因んでつけられていたり、毎朝出勤前に近所の神社にお参りをしたりと、目には見えないものを信じることができる潔さや清らかさのようなものを2人からは感じている。

また個人で請けた初めての仕事になったので、私も気合十分で臨んだ。

まずは『古事記』を参照したり、出雲の成り立ちを調べたりしたが、この手の調べごとにはつきものの「諸説あり」にしか辿り着かないので、あまり意味にこだわりすぎるのはやめることにした。むしろもっと普遍的な存在である自然の風景、特に雲をモチーフにした方が自然だろう。お札が雲の上に浮かんでいるイメージである。出雲だからというだけではなく、例えば2階建ての1階に神棚を設置する際、この上は人の領域ではないと示すために、天井に雲と書いた紙を貼る風習があったりするように、雲は神と人間とを線引きするメタファーとして、しばしば登場する。

素材についても考えた。一般的な神棚は、目の綺麗な、いわゆる上等な檜材を使うのが通例であるが、今回はそうはせず、はざ玉と呼ばれる端材をミキサーにかけてまんまるの形にしたものを使用した。神棚に端材か、と思うかもしれないが、木材の気持ちになって一度考えて欲しい。材としての役目を果たせず、このまま俺は燃やされておしまいかと思ったところに、救世主が現れ、まんまるに加工され、ついには神棚になる。上等な大トロだけを厳選するものづくりが『死者多数のバトルロワイヤル型』なのに対し、こちらは『救済型』のものづくりであり、「皆救われる」という道徳的な美しさがあると思った。人間の価値観で美醜が判定されたものでなくても、神様には納得してもらえるはずだ。

結局初めて自分のものづくりで得た対価は、ほとんど製作用に購入した回転工具に置き換わった訳だが、これもまた次のものづくりへと繋げてくれるはずで、ここにも縁が生まれる。